連載 重箱のスミ  ㊱

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親王台  その三

  藺草(いぐさ)を使ってなくてもタタミ?

 積水成型工業さんでは、同様の「MIGUSA」という畳を樹脂加工製品と説明しています。

「高度な樹脂加工技術が『MIGUSA』という製品を創り出し『畳』という古来伝統との融合と進化を可能にし・・・」

「古来伝統との融合と進化」ではなく、「古来伝統のものを化学製品に置き換えた」だけのもので、「融合」しているようには思えませんし、「進化」でもないように思います。それは、グラウンドの天然芝を人工芝に置き換えたのと同じではないでしょうか?それぞれに用途・目的の違いがあって、良い、悪いと一口で言いきれない「場面による使用方法・目的」によって使い分けられるもので、人形の台に化学製品を用いることの是非は、別の視点で問われるべきものだと思います。

 居酒屋さんの畳にはとても優れた(汚れにも強い)ものだとは思いますが、お茶室や料亭さんの座敷に使われることはまずないでしょう。お雛さまの台は、どちらに近いものでしょうか。

 イ草の代用品が現れたことによって、イ草農家はたいへんな危機に陥っています。最近唱えられているSDG’sのことを考えても、樹脂加工された「和紙畳」が環境に良い素材とは思えません。

 わたしたちの業界には、すでに絶滅してしまった品物・技術がたくさんあります。なにかが絶滅する瞬間と言うのは、だんだん需要が少なくなって消滅するのではありません。ある程度少なくなったところで、突然、残った数軒の業者がいちどきに廃業や製造中止し、日本から(あるいは地球上から)その商品や技術が消滅するのです。伝統的な工芸品が文化の一部とするならば、その文化が消滅するのです。畳はわたしたちの業界だけでなく、広く建築内装関係でも用いられてきました。これまで畳を使う仕事に携わってきた人たちの多くがイ草から合成畳に切り替えることによって、ある日突然、世の中からイ草畳が消えるということが起きるかもしれません。こうした不安を杞憂(きゆう)といわれる方もいらっしゃいますが、多くの絶滅品目を実際に見てきた者にとっては不安でなりません。キャンディーズの「微笑み返し」の中の「畳の色がそこだけ若いわ」の哀愁は、もうすでに今の若い人たちには何のことやらわからないでしょう。

 繰り返しになりますが、最も肝心なことは、多くのお雛さまにとって合成畳の人工的な黄色とは色目が合わないことです。自然なイ草の色の畳の上にあって初めてお雛さまの装束の美しさが際立ちます。特に有職系の上質な装束を用いたお雛さまであればあるほど、着色された合成畳の黄土色とは調和しません。

 色彩に対する繊細な感覚というのは、わが国では平安時代に極めて高度に研ぎ澄まされました。恋愛の手紙ひとつをとっても、さまざまな色目の紙を時季の草花の色目と合わせ、さらにそこに「香り」までも調合させて贈るという、世界でも類のない美的な感覚を生み出したのです。戦後、森英恵さんがパリへ進出した際に紹介したという、千年近く前に著された「満佐須計装束抄(まさすけしょうぞくしょう)」は世界で最初のファッションカラーコーディネート本として驚嘆の的となりました。

イ草の畳に飾られた黄櫨染のお雛さま

 

節句文化研究会では、こうした 面倒臭いけどなんだか楽しい節句のお話を出前しています。カルチャースクール、各種団体、学校などお気軽にお問合せください。→HP最後のお問い合わせメールからどうぞ

これまで、いくつかの和文化カルチャースクール様、ロータリークラブ様、徳川美術館様、業界団体様、中学の授業などでお話させていただいています。

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