七夕

もうすぐ七夕。ことしは梅雨明けも早く、牽牛織女の星が見られるでしょうか。

笹の葉さらさら~のように、七夕と言えば笹(竹)ですが、この梶の葉に願い事を書いて盥にうかべたのが平安時代ころからつづく七夕と言われています。

乞巧奠と七夕几帳をしつらえにしています。

新作見本市

来年度のお正月飾り、雛道具などの見本市を開催します。

期間:6月22日(水)~23日(木)

場所:当店

◇破魔弓・羽子板飾り、お正月のしつらえ

◇貝合せ、和紙屏風

◇雛道具

◇その他

ご来店の節はご一報いただけると幸いです。

電話 052(231)4104

新作見本市

今年は静岡で!

新作見本市を開催します。

日時: 令和4年5月17~18日  9時~17時

場所: 静岡市 ツインメッセ1階 西小展示場

どうぞお出かけください。

6月の名古屋見本市は、当店(中区丸の内)展示場にて

開催します。名古屋へお越しの際はどうぞお立ち寄りください。

五月人形の「重箱のスミ」⑥

今日は端午の節句。私の町内には美濃忠さんと吉原雀さんという2軒の和菓子の名店があります。その、初かつをと粽。ありがたさに涙、いや、涎が出ます。いずれも季節限定です。
端午の節句といえば、鯉のぼり。鯉のぼりの歌に「大きな真鯉はお父さん、小さな緋鯉は子供たち~」とあります。そう、昭和30年代までは鯉のぼりは「真鯉」と「緋鯉」だけだったのです。その頃、ナイロンの鯉ができて青や緑が加わり、赤い鯉がお母さんになりました。家族の象徴のようで、お子さまにとって誇らしく嬉しいものです。
さて、近年、川などにたくさんの鯉のぼりが「下げ」られるようになりました。鯉のぼりは、大きな幟の先に天に跳びあがるかのごとくくくりつけられたのが始まり。鯉が滝を登って龍になるという故事から始まったものですので、やはり、鯉のぼりは天に届くように「あげる」のが気持ちがいいですね。
「重箱のスミ」も今回が最後です。どうぞ楽しいお節句を!
当店は6日から8日までお休みとなります。

五月人形の「重箱のスミ」⑤

~矢羽根の模様~
お節句飾りの弓についてる矢。飾りに使うものは、武具の一つとは言え縁起物ですのでさまざまなこだわりが昔からあります。資料は江戸時代の武家有職の大家・伊勢貞丈の「貞丈雑記」。矢羽根の模様についてさまざま述べておられます。
現在、一般には養殖の鳥の羽を染めたものが使われますが、良いものには天然の猛禽類のものが使われます。最上級は「ハチクマタカ」と言われますが、絶滅が危惧されているため今ではほとんど手に入りません。矢羽根で弓矢の印象もずいぶん違ってきます。

八事山興正寺 竹翠亭

八事山興正寺 竹翠亭さんの節句のおしつらえ

八事の名勝・興正寺さんの奥の緑に包まれた中にお茶室「竹翠亭」があります。

庭園 普門園を臨む中でいただくお茶はまた格別。

どうぞお出かけください。

◇4月25日~5月5日まで

◇昭和区八事本町78番地
電話:052-832-2801

◇ご予約の上、お出かけください。

節句のしつらえ「那古野茶房 花千花」

「那古野茶房 花千花(はなせんか)」さんで節句のおしつらえ。

落ち着いた和の空間で日本のお茶と和菓子をお楽しみください。

◇4月25日~5月5日まで

◇西区那古野1-18ー6

電話 052-526-8739

◇ご予約の上、お出かけください。

端午の節句 しつらえ

三代続くお得意様宅にお節句飾りを拝見に・・・

総裏の大鎧、手描きの座敷幟、螺鈿の菖蒲屏風、本漆塗桧・本流備畳の飾台、黒檀の短檠などなど、素晴らしいしつらえです。

今では製作困難なものもありますが、端午の節句はこうでなくちゃ、の見本のようなお節句飾りです。

五月人形の「重箱のスミ」④

~「太刀」と「刀」~

お節句の飾りの鎧や兜につきものの弓と太刀。この、太刀のお話です。

お節句に飾るのは、実は、「刀」ではなく「太刀」、その中でも「飾り太刀」と呼ばれる儀仗用のもので、いくさをするための刀とは少し違うものなのです。太刀は、刃を下にして革や紐で帯にぶら下げて着けます。「佩く(はく)」と言います。対して、刀は刃を上にして帯に「差し」ます。博物館などで展示するときも、これに従って太刀は刃を下にして展示します。

公家の文化に倣って、戦国時代以後でも元服や男子誕生のときなどに、この飾り太刀を奉納し、成長を祈願しました。

良いものの中には、鍔が分銅のかたちの「分銅鍔」、柄(つか・にぎり部)は紐を巻かず、鮫皮や金属、先端が鳥の頭のものもあります。節句飾りには「縁起」が大切です。チャンバラで使うような刀を飾るのはいかがなものかと思うことがあります。

五月人形の「重箱のスミ」③

神功皇后(じんぐうこうごう)

江戸時代から戦前くらいまで、写真のような「神功皇后(じんぐうこうごう)」の人形が端午の節句によく飾られました。彼女は14代仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后で、三韓征討を成し遂げた方で、大正時代までは初の女性天皇としている歴史書もあったようです。大正15年、皇統が正式に定められたときに北朝系天皇とともに外されましたが、15代応神天皇が即位するまでの約60年間を統治した方です。60年というとすごく長いように思いますが、初代神武天皇は70年以上、6代孝安天皇や11代垂仁天皇は約100年間在位していたことになっています。

隣にいるおじいさんは800歳まで生きていたといわれる武内宿禰(たけのうちのすくね)で、抱いている赤ちゃんが皇后のお子様の応神天皇です。昔の人は長生きだった?